11冊目 思いわずらうことなく愉しく生きよ 江國香織
2017年11月26日 読書のびやかに生きるって難しい
11冊目 思いわずらうことなく愉しく生きよ 江國香織
しんどかった、久々に本を読むのが本当にしんどかった。
何度もパニックになったり過呼吸になったりしながら読んだ。
以前も読んだことがあるのに、今読むとこんなにもヘビィだとは。
でも、やめることができなかった。
また姉妹。江國香織だから(笑
ドラマ化されたみたいですね。
三姉妹の長女(36)は「理由もなしに暴力をふるうわけではない」夫と結婚7年目。
次女(34)は恋も仕事もバリバリのキャリアウーマン。
三女(29)は、恋は錯覚であり友情と肉体関係だけがはっきりしているものだと信じているけれど家庭には憧れている。
すこやかさ、のびやかさとは……
って感じだけど何しろ重たすぎるし年齢が近くなったこともあってかどれもがリアルすぎる。
三者三様のはずなのに、どの人も自分に似ている気がする。
女というのはそれそれがどんな姿をしていてもひとつの巨大な女というモンスターなのかもしれない。と解説にあり、首肯した。
「人間はみんな病気なのだ。一人一人みんな。」という長女のせりふにも共感する。
私はそこに「家庭という」とつけたい。
家庭の色はすごい。
家族というのは同じ病気を必ず持っている。どういう現れ方をするにしろ。
似たような病気を持つ人と一緒に破滅するか、違う病気の人と新しい病気を作って破滅するか、一人で破滅するかしかない。
とにかく読んでる間中うまく息ができなく、頭が痛く、しんどかった。
思いわずらうことなく愉しく生きよ。
彼女たちの父が書いた家訓。
それぞれに自分の意志で、自分の判断で、自分の人生を生きているのに、いつの間にか何かに囚われている。
でも、思いわずらうことなく愉しく生きるために、またそれを振り払って自分の人生を歩む。
さみしくても悲しくても、人に自分の人生を預けるよりマシだ。
女は強い、江國香織の書く女はいつも強い。
でもそれは女の思う強さであり、望む強さであり、あまりにも脆く、危うく、全力で破滅に向かう。
でも、急いでもゆっくりにでも、人は必ず破滅するし死ぬ。
だからそれでもいいのかもしれない。
江國香織の描く姉妹はいつも、ハイヒールで、一人で人生を走っている。
いつか、「兄弟がいる人は兄弟で人格を分け合っているからバランスがいい。一人っ子は、自分ひとりでいろんな人格をカバーしなくてはいけなくて困る」と一人っ子の友達が言っていた。
確かに私は三人兄弟で、それぞれに「兄はこういう人、妹はこういう人。だから私はこういう人」という感じでキャラ分けしている気がする。
彼らがそれぞれ私のキャラクターの一部分を担って人生を歩んでくれているから、自分はそのキャラクターに固執せず自分のキャラクターに徹することができる。
可能性を分け合っているというか、パラレルワールドを持っているというか。
そういう意味で共感性の高い女は、すべての女と可能性を分け合っているので、「女はひとつの巨大なモンスター」ということになるんだと思う。
少なくとも江國香織の描く女は、私の生きるかもしれなかった人生だと感じる。
11冊目 思いわずらうことなく愉しく生きよ 江國香織
しんどかった、久々に本を読むのが本当にしんどかった。
何度もパニックになったり過呼吸になったりしながら読んだ。
以前も読んだことがあるのに、今読むとこんなにもヘビィだとは。
でも、やめることができなかった。
また姉妹。江國香織だから(笑
ドラマ化されたみたいですね。
三姉妹の長女(36)は「理由もなしに暴力をふるうわけではない」夫と結婚7年目。
次女(34)は恋も仕事もバリバリのキャリアウーマン。
三女(29)は、恋は錯覚であり友情と肉体関係だけがはっきりしているものだと信じているけれど家庭には憧れている。
すこやかさ、のびやかさとは……
って感じだけど何しろ重たすぎるし年齢が近くなったこともあってかどれもがリアルすぎる。
三者三様のはずなのに、どの人も自分に似ている気がする。
女というのはそれそれがどんな姿をしていてもひとつの巨大な女というモンスターなのかもしれない。と解説にあり、首肯した。
「人間はみんな病気なのだ。一人一人みんな。」という長女のせりふにも共感する。
私はそこに「家庭という」とつけたい。
家庭の色はすごい。
家族というのは同じ病気を必ず持っている。どういう現れ方をするにしろ。
似たような病気を持つ人と一緒に破滅するか、違う病気の人と新しい病気を作って破滅するか、一人で破滅するかしかない。
とにかく読んでる間中うまく息ができなく、頭が痛く、しんどかった。
思いわずらうことなく愉しく生きよ。
彼女たちの父が書いた家訓。
それぞれに自分の意志で、自分の判断で、自分の人生を生きているのに、いつの間にか何かに囚われている。
でも、思いわずらうことなく愉しく生きるために、またそれを振り払って自分の人生を歩む。
さみしくても悲しくても、人に自分の人生を預けるよりマシだ。
女は強い、江國香織の書く女はいつも強い。
でもそれは女の思う強さであり、望む強さであり、あまりにも脆く、危うく、全力で破滅に向かう。
でも、急いでもゆっくりにでも、人は必ず破滅するし死ぬ。
だからそれでもいいのかもしれない。
江國香織の描く姉妹はいつも、ハイヒールで、一人で人生を走っている。
いつか、「兄弟がいる人は兄弟で人格を分け合っているからバランスがいい。一人っ子は、自分ひとりでいろんな人格をカバーしなくてはいけなくて困る」と一人っ子の友達が言っていた。
確かに私は三人兄弟で、それぞれに「兄はこういう人、妹はこういう人。だから私はこういう人」という感じでキャラ分けしている気がする。
彼らがそれぞれ私のキャラクターの一部分を担って人生を歩んでくれているから、自分はそのキャラクターに固執せず自分のキャラクターに徹することができる。
可能性を分け合っているというか、パラレルワールドを持っているというか。
そういう意味で共感性の高い女は、すべての女と可能性を分け合っているので、「女はひとつの巨大なモンスター」ということになるんだと思う。
少なくとも江國香織の描く女は、私の生きるかもしれなかった人生だと感じる。
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